羊祜、車騎将軍・儀同三司となるその1 人三化七

三国時代に関する史書や各種サブカル三国志について考察したり漫画やイラストを描いたりしています。党錮から呉滅亡まで網羅することが目標。

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羊祜、車騎将軍・儀同三司となるその1

杜預が石鑑に逆らって免職されたあと、隴右の情勢は杜預の言ったとおりとなったので、朝廷で杜預は軍略にあかるいと評判になった。のち、匈奴の劉猛がヘイ(并)州以西・河東・平陽で反乱をおこした。杜預は度支尚書を拝し、新兵器開発やその地域の穀物・塩の安定供給・税制をととのえ後方支援に尽力した。
ところが石鑑が軍を帰すと、杜預が「石鑑は論功が不実である」と糾弾したので、石鑑は杜預を恨み、ついには喧嘩となったため、杜預・石鑑ともに免職となった。

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前後関係がわかりにくいです。
上の前回のあらすじにある劉猛の乱が272年正月〜273年正月のあいだのことで、羊祜が車騎将軍になったのが273年7月以降(それまで車騎将軍(定員1名)をしていた賈充が司空に昇進したという記述があるだけで、羊祜がいつ車騎将軍になったかは明記されていません)、同9月から西陵の戦いというのがこのあたりの大まかな流れです。


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[ 2008/12/05 17:22:55 ] 譬如破竹編 | TB(0) | CM(0)
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